南城市大里の玉城盛明さん(90)は、戦前の稲福集落の暮らしや日本兵の駐屯、対馬丸と同じ船団での疎開体験を証言した。「慰霊塔をもう増やさないようにしてほしい」と訴える。
山の上の集落と国民学校
玉城さんによると、戦前の稲福集落(上稲福)は山の上にあった。はだしで山を下って国民学校に通ったが、帰りは登り坂で大変だったという。そのおかげで稲福区はスポーツが強く、大里ではいつも1番、2番だったと振り返る。
日本兵の駐屯と疎開船
日本兵たちはムラヤー(公民館)やウマイー(馬場)に駐屯していた。武部隊と石部隊だった。玉城さんは、浮具の竹を持って疎開船に乗り、対馬丸と同じ船団で疎開した。
玉城さんの証言は、戦争体験を語り継ぐシリーズの一環として紹介された。