広島平和記念資料館に展示されているさび付いた三輪車を見て、胸が締め付けられる思いがした。米軍の原子爆弾で広島の街が壊滅した81年前のきょう、この三輪車に乗っていた3歳11カ月の男児は被爆し、亡くなった。
父親は、死んでからも遊べるようにと、遺体とともに三輪車を自宅の庭に埋めていたという。その遺品が、今も訪れる人々に原爆の悲惨さを伝えている。
伊江島の惨事も忘れない
同じ8月6日、沖縄の伊江島でも悲劇があった。伊江島LCT爆発事故である。1945年8月6日、伊江島の港で、米軍の揚陸艇(LCT)に積まれた弾薬が爆発し、多くの住民が犠牲になった。この事故は、広島の原爆と同じ日に起こったことから、沖縄戦の記憶として今も語り継がれている。
広島と伊江島、二つの惨事を思い起こすとき、戦争の悲劇は決して過去のものではないと痛感する。記憶を風化させず、次世代に伝えることの大切さを改めて考える。