宮古島の米軍空襲、近所の母子が弾丸受け即死 比嘉義雄さん(88)が語る戦争体験
宮古島の米軍空襲、近所の母子が弾丸受け即死 比嘉さん語る

宮古島市城辺出身の比嘉義雄さん(88)は、8歳の頃に米軍による機銃掃射を経験した。かやぶき屋根の家に隠れていても弾が屋根を貫通し、完全に防ぐことはできなかったという。近所の母子が弾丸を受け即死する場面にも遭遇した。

8歳で迎えた戦争

比嘉さんは1937年に城辺村比嘉(現宮古島市)で生まれた。両親と兄、姉の5人家族だった。宮古島に戦争がやってきたのは8歳の頃。島にはかやぶき屋根の家しかなく、たびたび米軍機が飛来して機銃掃射に襲われた。

屋根を貫通する弾

家に隠れていても弾が屋根を貫通するため、完全に防ぐことはできなかった。近所の母子は弾丸を受けて即死した。数十センチの差で生死が分かれたという。